前半部

タイ旅行絵日記
2004/03/01 清水紘司
 

私は2004年1月30日
家内と共にタイに向けて成田を出発し2月8日の朝帰国しました。タイでは加藤志朗さん、 相馬先生に大変お世話になりました。旅行の目的は加藤さんの勧めでタイ南部のスリン島でシュノーケリングをすることで した。

スリン島の位置はタイ南ミャンマー国境すぐ近くです(地図参照)

 

 私たちが宿泊したのは北スリン島のマイガンビーチです。

この島でシュノーケリングを楽しんだのですがこの島周辺には10カ所以上のポイントがあり1日5ポイント、2日間で全て のポイントを楽しめます。

 

それでは旅の様子を時間を追って紹介します。

第一部 スリン島までの旅

1月30日午前10時30分小田原からJRで横浜へ

 

横浜から成田まではリムジンバスのYCATを使いました。1人往復6300円ですが出発ロビーのすぐ前に着くし、帰りは 到着ロビーのドアのすぐ外から乗れるのでのでいつも使っています。所要時間は90分です。

 

 成田発タイ行き15時55分JALでした(航空機代は今回1人6万5千円)

 

機内は快適で約6時間でタイバンコク国際空港に着き通関を出たのが現地時間(日本時間−2時間)午後8時半頃でした

事前のメールでは午後9時に空港到着ロビーに加藤さんの会社の運転手が迎えに来てくれるはずでしたが9時30分を過ぎ ても迎えが来ないので少々(本当はとても!)あわてました。空港内のインフォメーションデスクの助けを借りて加藤さんに 電話をしてもらい(タイでは空港でも!公衆電話は壊れていて役に立ちません。大部分の人は携帯を持っています)10時頃 ドライバーにピックアップしてもらった時はほっとしました。ホテルは相馬先生のレジデンスから8分ほどのマンハッタン ホテルです。

チェックイン時に木本さんから「明日食事をいっしょにしましょう」のメッセージが届いていたのでびっくりしました。 ホテル代は1泊朝食付き2人で1300バーツ(約4000円)でした

 

翌朝(1月31日)相馬先生宅におじゃました際に木元さんがインドネシアのジャカルタからタイに来ていることを話したら 先生も一緒に昼食を食べに行くことになりました。木本さんは既にタイにマンションを買ってあり近々現職(FAO)を退職 したら日本、タイ、アメリカに住む計画を立てています。
今最大の懸案事項は鳥インフルエンザだと言っていました。とても お元気そうでした。

 

 

31日の夕方、いよいよスリン島目指して出発です。
バスは午後6時30分出発なので夕方4時頃ホテルに加藤さんが迎えに 来てくれました。バスターミナルはバンコクの校外にあるのでそこまで会社の運転手に送ってもらいバスに乗るまでの細かい 面倒も見てもらいました。今回チケットは事前に取ってあったのですが乗るバスの特定や発着場所、荷物の積み込み等タイ人 運転手の助けがないとかなり大変でした(実は加藤さんのタイ語はこのような場合余り役に立たないような気がしました!!!)

 

 

バスは昔の日本のおんぼろバスを想定していたのですが実際は日本の帰省バス並の良いバスでトイレットもありました。 ただ装飾が少々派手なような気 がしましたが・・・

実際の出発は少し遅れて午後7時頃でした。道路は目的地まで完全舗装で一般道を100kmぐらいで走りました。
目的地まで 約9時間です。

 

 午前1時くらいにドライブインに寄り遅い夜食を食べました。
このバスの料金にはこの夜食代も入っているのだそうです。
ドライブインには次々と長距離バスが入ってきて深夜なのにまことににぎやかな世界でした。ちなみに停車時間は20分間 でこの間に夜食を食べ、トイレを済ませなければなりません。同じようなバスが10台以上並んでいるのでナンバーを必ず 覚えておく必要があります。

 

スリン島に行くために下車するバス停名はクラッブリなのですが日本と違い着く前にアナウンスなどないので午前4時過ぎ 寝ているところを突然起こされ「着いたから降りろ、早く早く」とバスガイドが騒いだので(加藤さんは言っていることが 分かった。これが裏目に出た!)もうろうとした頭で急いでバスを降り、荷物を引き出し終わるとバスは猛スピードで暗やみ に消えていきました。バス停には高速艇の発着場所からの迎えの車が来ていたのでそれに乗りボートハウス「グリンビュー」 に午前5時前に着いた。

日にちは2月1日になっていました。

 

 ボートハウスについて車から荷物を下ろすときに加藤さんがバスから降ろした荷物が間違っていることに気付き大騒動勃発。この荷物には加藤さんがスリン島で過ごすための全装備が入っている。すぐにハウスの兄さんに間違って下ろした荷物を渡しバスを追いかけるように依頼し1時間ほど 待って帰ってきた兄さんは「バスに追いつけなかった!」。このとき6時。

直ちにバスの行き先を確かめたところクラッブリから60km程先だと分かり、再度兄さんに1000バーツ(日本円だと 3000円だがタイの価値だと日本の10000円相当)を渡しバスの終点まで追いかけ何とか荷物を持ってきてくれるよう に頼んだ。

兄さんにっこり。猛然と車をスタートさせ暁の闇の中に消えていきました。

高速ボートの出発時間は午前9時。刻々と時間は過ぎもう今日の乗船はあきらめなくてはならないのかと考え始めたとき8時 45分、兄さんが帰ってきました。荷物を持って!!! 加藤さんの顔もやっとほころんだ。ドラマがあるなー。めでたしめ でたし

 

高速艇の乗客は我々3人だけ。途中1回だけ寄った島からの乗客は2人の女性。アジア系だなとは思ったけれどなんと日本人 でした。スリン島に行く客で日本人はとても珍しいと加藤さんは言っていました。ボートは大型の船外機を2機搭載しており 時速50kmでスリン島に向かいました。

 

 出発して約60分、午前10時過ぎスリン島が間近に見えてきた。ここはもうミャンマー国境まで10kmぐらいの地点な ので密貿易等いろいろと警備上のトラブルもあるとのことです。

高速艇が着いたのは国立公園であるスリン島の総合管理事務所がある浜でここで入島?手続きを済ませ、宿泊場所のマイガン ビーチへ行く許可を取りました。

 

 マイガンまでは約1キロメートルほどの場所だが島内はジャングルなので歩くのが大変なので渡し船で行きました。
島の若者 は20分ぐらいで歩くと豪語していたが旅人は船で行くのが普通のようです。

 

第二部        スリン島での生活

スリン島マイガンビーチでの生活は基本的にテントで生活することになる。管理事務所兼食堂兼コンビニ?があり、 水のシャワー、トイレも完備しているので基本的には日本のオートキャンプ場でキャンプをするイメージでよい。
周りは80%がヨーロッパ人で15%がタイ人、日本人の姿はほとんどない。毎日午前、午後の2回ツアーボートが 出るのでシュノーケリングを楽しむひとはこの管理事務所に申し込む。

マイガンビーチの看板。英語が書いてあるのでかろうじて発音できたが大部分の表記はタイ語なので全く分からない

 

ここがマイガンの管理事務所。この建て屋に管理デスク、食堂、コンビニがある。我々のテントから100m程離れている。
コンビニには最低限の日用品がある。

 

 マイガン管理デスクの受付嬢。彼女は国家公務員のはず 多分。

 

管理事務所内コンビニ。上の方にかかれた情報をよく見てください。
部屋の中が暗いのは電気がないから。
電気は自家発電で 夕方5時ころから夜10時までと朝5時頃から7時頃までつくだけ。

 

テントは海岸の波打ち際から30mぐらいの所に張ってあり海面からは2mくらい高くなっている。 なぜか迷彩模様が施され ている。多分木立の中に隠れて国立公園の景観を崩さないためなのかもしれない。
私たちが使ったのは日本流だと4人用ぐらい の大きさで二人で使うのには充分な広さだった。

 

テント内で使う寝具は薄いものではあるが管理事務所で貸してくれる(80バーツ)ので持っていく必要はない。
背中の 下が堅いと寝られないひとはエアーマット等を持っていった方が良いかもしれない。
気温は乾期中ではあるが夜でも28度 以上なので掛けるものはいらない。
しかし今回は朝方に26度くらいになったときもあり薄ものを掛けた日もあった。

 

テントの場所は日中風はあるが海風なので洗濯物は余りよく乾かない。
最も日中日射しが強いので着ていれば 乾いてしまう!

 

食事はセットメニューを頼めば選ぶ苦労はいらない。朝120バーツ、昼140バーツ、夜180バーツで食べられる。
ただしボリュームがあるのでダイエット中のひとは単品を頼んだ方がよい。値段は60から80バーツ程度。30バーツ 出すとパイナップルやスイカたっぷり食べられる。とてもおいしい。
写真は昼のセットメニュー。

島での初日(2月1日)は旅の疲れを取るためにツアーには参加せずマイガンの浜で海水浴をした。家内は初めての海なので ちょっと緊張していた。
上下長袖なのは日よけの意味もあるが加藤さんのアドバイスでクラゲ対策用である。目に見えない く らいの微少なクラゲがたまにいてさされると赤い斑点になりものすごくかゆくなる。

 

加藤さんはほんのちょっと入っただけ。
お腹のたるみはまあ年齢相応かな?
後のボートはツアーから帰ってきたところ。

 

私のスーツもクラゲよけ。
今満潮なのでこのくらいの深さがあるが引き潮になるとこの辺まで 下の砂が見えるようになる。

 

 旅の疲れを取るためにお昼寝

 

向かって右隣のテントの住人。ドイツ人の庭師だと言っていた。

左隣はフランスのきむたくカップル(若い美男美女)。まあ日本語でなにをしゃべっても
分からないから気が楽だった。
ちなみに隣のテントの声はささやき声でも筒抜けなのでご注意!

 

夜の食事の時に軽く一杯。日本から持っていったウイスキーとコンビニで買った氷でオンザロックとしゃれ込んだが夜寝ると きに暑くて安眠できない(2日目の夜に気が付いた)ので3日目からはノンアルコールで過ごした。のんべの人は要注意!

ところで電気がないのに氷はどのように作るのでしょうか?夕方5時間の自家発電時に製氷機を動かしているのかしら?

 

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2004年3月1日 文責:清水紘司

 


 

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最終更新日 : 2009/07/29 .